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中検準1級・HSK10級からの再出発

中国語という山は、さらに高く・高く・果てしない。1合目に届いた自信さえ持てないまま、今日も霧の中を彷徨っています(-_-;)


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お世話になっております。甘栗です。今回の件では皆様にご迷惑・ご心配をおかけし、大変申し訳ございません。 ここ1~2週間、精神的にかなり参っており、果ては体調まで崩し寝込んだ日もありました。近視眼的な思考に陥っていた自分を振り返るには、丁度よい時間であったのかも知れません。

さて、表題の件を決定した理由につき、以下に説明申し上げます。 端的な言葉で表現すれば、ひとえにRさんへの義理を欠いたことによります。 本件にかかる過程で、

(1)Aさんの意見が上がった際、当方の師匠がRさんに議論への参加を要請した
(2)また、SさんがRさんの音声を批判した旨、当方の師匠がRさんにその事実を伝えた

上記2点に関し、事実関係を争う余地はありません。 当初、私自身はそうした経緯を知らずにおりましたが、そうである以上は、たとえRさんの発言(魚拓)を削除するにせよ、最大限の礼と説明をご本人に対し尽くすべきでした。Rさんと旧知の仲であったことへの甘え、また魚拓や反論の削除という目先のことに気を奪われた結果、Rさんそして皆様に大変不愉快な思いをさせてしまいましたことを、深くお詫び申し上げます。誠に申し訳ございませんでした。

当方の師匠としては、英語学習者のレベルやモチベーションの高さを中国語学習者に伝えたい(図らずも『中国語学習者にこれだけの人はいない』と書いて下さった方がおられました。有難うございます)、それ以上の意図はなかったと推察しておりますが、いずれにせよ、本ブログを発端として皆様にご迷惑をおかけしたことに間違いはありません。自分自身の不甲斐なさ、また最低限の礼節を弁えられなかったことへの自戒と反省を込め、当ブログを無期限休止とすることに決定致しました。

なお、本稿執筆にあたっては、師匠・Rさん・Sさんその他の方に、事前の相談等をした事実は一切ございません。上記決定も含め、すべて私の一存であることを明らかにしておきたく、ここに記します。

これまで、陰に日向に当ブログへのご支援を頂いた読者の皆様には、厚く御礼申し上げます。これまでのご愛読、誠に有難うございました。そして、このような結果を招いてしまった至らない私を、何卒お許し下さい。

糖炒栗子 こと あまぐり

追記:最後にコメントを下さった方々、きちんとお返事できず申し訳ありません。皆様のお気持ち、大変嬉しく思いました。改めて御礼申し上げます。また、ご愛読有難うございました。

2011-08-05 19:31:52| カテゴリなし |コメント(0)トラックバック(0)

読者の皆様

あまぐりの師匠です。いつもブログをご覧頂き有難うございます(※一時的にあまぐりより管理者権限を譲り受けております)。今回の論争について、ここに整理しておきたいと思います。

元々の発端は、私の主張を理解して頂けないA氏の「上級者定義があいまい」「七経を読んだことがないだけで恥をかく等」の挑発的な発言でした。これを受けて、英語界の仲間であるRさんが当方の助太刀のため、議論に参加してくれました(当方がRさんに本件を話したのがきっかけでした)。Rさんの堂々たる音声公開を前に、A氏はなす術もなく、そのまま逃亡されました(現時点においてですが)。 私のこれに対する見解は、既に述べたとおりですが、Sさん、AKさんは誤解され、驚異的なレベルの英語プロの登場を期待されました。Rさんの名誉のために断わっておきますが、Rさんは、4半世紀前に英検1級を取得され、その後もずっと英語を磨いておられますことから、もちろん英語上級者です。 今回、問題になった「空海」云々の流れで予想される超人レベルの音声への期待云々の議論は、私のコメントにもある通り、上級者の範囲は非常に広く中検準1級を10回受けて10回受かるレベルなら上級と認めてもよいとしていることや、空海が理解できるのは、一生かかっても無理とさえ述べていることからも的外れであったといわざるを得ません。

そして、 問題はここからです。Sさんがご自身でブログを書かれているとあったので気になって探していたところ、偶然にもRさんの公開した音声について酷評されていたのを目にしてしまいました。そして、私がそれをRさんに伝えました。「Rさんたちへのエール」と受け止めるには、無理のあるコメントであると、私自身が感じたからでした。もちろん、どのような批判も想定の上で公開しているのでいかなる批判は自由ではないかという意見もありかと思います。しかし、共通の読者が見ているブログで、一方通行の批判とも受け取られかねないコメントは、関係者の信用にもかかわることであり、影響力も決して小さくありません。そういったコメントはあまぐりブログ上でするのが筋であったと思います(AKさんの言うようによかれと思って遠慮したことが裏目に出てしまいました。)これについてはSさんからは、すでに謝罪頂きました。振り返ってみれば、Rさんが反論されたようにご自身の英語力が怪しいという人による評価は信憑性に欠け、Rさんたちの公開した音声の英語力がその辺にごろごろいるのと同種レベルかどうかは証明できません。この点で、根拠のない批判を受けたという反論は当然のものです(同じことを言うにしても、言葉や場所を選ぶ必要があったと思います)。 一方、以降のRさんの魚拓(Sさんブログからの関連議論の箇所の切り貼り)を何度も行い、音声を公開しろとSさんに迫ったのは、少々やり過ぎではなかったかと思います。なのでどちらにも問題があったというのが冷静に見た結論だと思います。

また、あまぐり自身は、今回の出来事を途中から知り、わけもわからないまま精神的疲弊からブログ休止に追い込まれました。彼女のブログは、自分自身のための学習記録であって自分の意見を押し付けるような宣伝のための意図はまったくありません。本人は自身も述べているように真面目過ぎるほど真面目で「中国語」と「中国語を勉強する全ての人が大好き」です。皆さんには、引き続き応援頂きたく思います。

今回のことで、結果的にあまぐり本人はもちろん、読者の皆さんをはじめ、英語界・中国語界の関係者の方々には大変ご迷惑をおかけしてしまいました。すべては、私自身の不徳の致すところです(きっかけを作ったのが自分であることに間違いはありません)。あらためてこの場をお借りし、お詫び申し上げます。

また、誠に申し訳ありませんが今回の議論のようにネット戦争になるのを避けるため(決して逃げるわけではありません)以降しばらくの間、コメント欄を閉じさせて頂きます。悪しからずご了承ください。

2011-08-01 21:21:38| カテゴリなし |コメント(0)トラックバック(0)

いつも当ブログを読んで下さる皆様、本当に有難うございます。

ここ最近の状況に、精神的に疲弊していることもあり、しばらく更新等控えさえて頂きます。勝手を申しあげまして、誠に申し訳ありません。

師匠を含めた当方の知り合いに、当ブログの監視(観察?)をお願いしていますので、不適当なコメント等は予告なく削除、ないし本ブログごと閉鎖することも考えております。何卒、ご了承下さい。

2011-07-29 21:24:44| カテゴリなし |コメント(5)トラックバック(0)

あれこれ心理的な火種が燻りつづける昨今ですが、一冊読み終わりました。書名など簡単に記録まで。

『给自己定位』石源 编著 西苑出版社 2007/05 250p

2011-07-26 23:45:13| カテゴリなし |コメント(2)トラックバック(0)

※本稿では、あえて既存の「中級者」「上級者」という定義を使わせて頂きます。本来の自己基準では、私はせいぜい「入門者」であって、「初級者」や「中級者」ですらありません。

引き続き皆様から多くのコメントを頂き、誠に有難うございます。この度は、結果として色々ご心配をお掛けし、誠に申し訳ありませんでした。ここに再度、お詫び申し上げます。

それと同時に、もうひとつお断りしておきたいことがあります。過去に一部の英語人からイジメ?に遭い、嫌な思いをしたことのある私ですが、「それでも英語人に学ぶべきこと」は多いと思っています。最近、とある方のブログに「『さまよえる中級者』は、日本人の中国語学習者特有の現象」というような趣旨の記事が書かれているのを見、「蓋し名言!」と、思わず身を乗り出しながら読んでしまいました。その際、はたと「これが中国語独特の現象であり、他の言語の学習者に少ない現象であるとしたら…例えば、ひょっとすると英語では、英語学習者特有の価値観や環境が『中級』でダラダラやることを許していないのではないか」…ということに思い至りました。

※もちろん「初級・中級・上級の定義が英語と中国語では違う」、単純にそれだけの問題かもしれません。

私がいつも感じるのは、英語学習者の間では(あるいは全くの門外漢の間でさえも)、英語力そのものが「小道具(ファッション)」となり得る…ということです。女性でいえば化粧と同じ、男性で言えば愛車と同じと言えば分かりやすいでしょうか。そして、実社会においても、確実に仕事上の「スキル」の一つに数えられている(企業や業界によっては、必要不可欠のスキルとも位置づけられる)ように思います。「小道具」で着飾り、人より秀でた「スキル」で他人を圧倒するためには、やる気がある・ない・どうのこうので悩んでいる暇はありません。その時間があれば、英語に狂わなくてはならないからです。逆に、真摯な思いから英語を学ぼうとする方がいたとして、その方が最終的に英語をモノにしようとすれば、「ファッション」・「会社の命令」・「趣味」でやっている人間(それでも相当な時間数を割いて英語を学習してきた人間たち)をさらに上回る努力をせねばなりません。その競争の激しさは、まさに「サバイバル」と言ってしかるべきでしょう

実際、「プロのゆりかご」とでもいうべき学習層は、英語のほうに多くの人材がいます。通訳学校の入学条件を見ても分かりますが、中国語は本来必要とされるレベルを何段も落としてやっと開講できるような状態です(そうでないと生徒が集まらないため)。もちろん、学習人口の違い・就業環境の違い等も考慮すべき要素ではあります。しかし、英語学習者が(学ぶ動機は何であれ)「英語のできない自分はカッコ悪い」「英語のできない自分に価値はない」と脅迫観念のように思い込んでいる(ように見える)のと比べると、中国語学習者には「中国語ができる・できない」そのものについて、そこまでの執着や愛着を持っていないように思えます。過去に当方を虐めてきた?英語人を「英語しかできない」「一般常識がない」と一刀両断するのは簡単ですが(ついつい過去のイジメの話では、筆が滑ってしまうのですが^^;)、「語学屋」を志す者として、当時はそんな彼ら(おそらく良くて「プロのゆりかご」レベル)の英語力にも及ばなかった事実は、素直に認めなくてはなりません(それどころか、今でもあっさり負けてしまうかも知れませんね…)。かりに「外国語」そのものの表現力や流暢さのかわりに「母語」がしっかりしている…とフォローを入れたとしても、やはり「苦し紛れ」の言い訳にしか聞こえなかったことでしょう。

現実問題として、中国語ができないと「社内で出世できない」ことはないでしょうし、他人から「カッコ悪い」と思われることもないでしょうし、「どこの会社でも優先採用してもらえる」なんて夢みたいなこともないでしょう。端的に言ってしまえば、中国語学習には「費用対効果に見合う『何か』がない」、ゆえによほど強靭な意志がない限り「さまよえる中級者」で終わってしまう…そういう傾向にあるのかも知れません。「中国」という巨大国家が、連日のように日本のマスコミを騒がせて久しい現在、中国語を使った仕事の需要は本来少なくないはずです。にも関わらず、「称心如意」な仕事を見つけたという話をなかなか中国語学習者から聞きません。そうしたポストの多くが在日中国人に回ってしまっているだけなのか、いわゆる中国語学習者で「プロのゆりかご」とされる層が薄いのか、そもそも英語学習者なら当然のようにクリアしている語学レベルを中国語学習者がクリアしていない(から採用する側の信頼を失っている)だけなのか、…、様々な要因を検証する必要はあると思いますが、英語の学習者(特に上級者と呼ばれる方々ないしプロの方々)に学ぶ点は多々あると思います。実際は、自分のことで精一杯な中、全く偉そうなことは言えませんが…(@_@;)もっともっと、中国語の世界を熱くしていけたら。そう思っています。

2011-07-26 22:39:52| カテゴリなし |コメント(6)トラックバック(0)

先日のコメント欄で、わたしはこのように書きました。「中国語と中国語を学ぶ方が好き」であると。それは、嘘偽りない、自分自身の正直な気持ちです。ブログを開設した動機は色々ありますが、とりわけ「同じ山を登っている人」との交流が自分の喜びであればこそ、継続して書いているとも言えます。その内容に対し、励ましを頂くのも、ご批判を頂くのも、当方に関心を持って下さればこそのことですから、謙虚な気持ちでひとつひとつのコメントを拝読させて頂いています。その上で、今回の件について述べたいと思います。

まず、多くの中国語学習者はブログ上で展開された「そうした批判をするのなら、客観的証拠として自分の音声を出せ」と詰め寄る手法に、「直接の知り合いでもなかろうに」と反発や憤りを感じたのではないかと思います。常識としてはその通りであり、たまたま私のブログを読んで下さったがために今回の騒動に巻き込まれてしまった方々に対しては、大変申し訳なく思っております。ここに、深くお詫び申し上げます。誠に申し訳ございませんでした。

一方、(アカデミックな世界はおそらく別であるとお断りしたく思いますが)、巷の英語人(学習者)の中では、こうしたやり取りは必ずしも珍しいものではありません。それどころか、「你追我赶」、丁々発止のやりとりを、本人たちが喜んで受け入れているフシがあります。以下、一部伝聞も含みます。例えば、英語の学習会を開こうものなら、必ず「道場破り」に来る人間があらわれます。他の参加者が見ている前で、お互い「どちらが上か」とやり合うわけです。主宰者が負ければ、会そのものが成立しなくなる可能性も孕んでいる中での「真剣勝負」です。しかも、主宰者側・道場破り側、どちらが負けたとしてもそこで終わることはありません。負けた側は、その後さらに技に磨きをかけ、「お礼参り」と称して逆襲に行きます。そこでまた返り討ちにあっても、まだしつこく闘いを申し込みに行き、勝つまでやる(美しい言葉でいえば『切磋琢磨』)ということが繰り返されます。

こうした英語人独特の価値観(中国語学習者にしてみれば「くだらない勝ち負け」に拘る)は、わたし自身が英語を扱う職場で働いたことがあるため、状況としては非常によく理解できます。少し話はずれますが…まがりなりにも中国語をやっている私の机に、「中国ビジネスは英語でできる」なんて内容の記事の切り抜きを堂々と置いてくる。ご丁寧に「英語は汎用性が高いからね、あなたも英語を勉強して…云々…」という話をとくとくとしてくる。果ては「国際ルールは守らない、反日デモはする、ワガママ、プライドが高い、そんな中国(中国人)のどこがいいの?」と屈託のない笑顔で聞いてくる(そのくせ西洋人のワガママはワガママと言わない)。どんな根拠があってか「英語で自分に勝てる奴なんていない」と堂々と言ってのけ、相手がひれ伏すまで(日英両方を駆使して)説教を始める。中国人を相手に通訳をしていると、「英語すら話せないようなヒトの相手をしている人」とでも言いたげな、馬鹿にしたような態度を取ってくる。中国語学習者が「オンリーワン」という相対的世界に住んでいるとしたら、英語学習者(英語業界)は「ナンバーワン」であり続けること(もしくは空威張りでも自己主張を続けること)を至上命題とする世界なのだな…と、痛感させられました。そのせいか、わたしが個人的に親しみを持った英語人(学習者)は、そんな英語界に疲れ果て、自ら退いた方のほうが多かったように思います。必然的に(こちらからすれば高い英語力があると思える方であるにも関わらず)「英語は趣味で良いので…」と謙遜される方のほうが多かった気がします。

ここまで読んで、「一昔前のヤンキー映画やヤクザ映画でもあるまいに…」と思われた方もいらっしゃるかも知れません。わたし自身も、本当のところは「他人と競い合う」こと自体に全く興味はありません。本人が好きでやるならともかく、あとは自由意思の問題であり、何人も「音声」を提出する義務もなければ、強要する権利もなかろう…とも思います。また、今回の騒動に巻き込まれた方については、厳密な意味での「語学屋(=通訳・翻訳を本業とする方)」ではない以上、「語学屋」として本来掴みかかるべき相手は、あくまで同業者たる「語学屋」であろうと考えます(Rさんが自分をどう定義されているかは分かりませんが)。逆に、わたし自身もそれぞれの方の専門分野に立つことなぞ不可能ですし…。プロ野球選手が三振で倒れた際、「もっとバット速く振れるだろ?俺でもできるぞ~」と観客にやじられる度に殴りかかることがあるでしょうか。あるいは「玄人はだし」の社会人野球の選手を、「確実にプロ以上の実力があるから」という理由のみで、いきなりプロのマウンドに引きずり出しても良いのでしょうか。そのことについては、Rさん本人・そして当方の師匠、双方にお話ししました(もちろん大激論になったのですが、ここでは詳細を割愛します)。

一方で、わたしは駆け出しとは言え「語学屋」の端くれです。たとえ未熟であっても、自分の技術を皆さんに披露し、絶えず他者からの「使える」「使えない」という評価にさらされる必要(義務)があります。厳密にいえば、組織内部の通訳であるため、フリーランスの方ほど厳しい評価が耳に入ってくるわけではありませんが…。そんなわけで、今回、Rさん・師匠との間で「ひとまず、語学屋の端くれたるあまぐりの音声を公開すれば、何の問題も文句もなかろう」ということで意見が一致しました。二人を説得するにあたり、かなりの時間・電話代・通信費がかかりましたが((+_+))、英語人(学習者)の精神に倣い、先頭を切ってわたし自身の音声を公開し、皆様からご意見・ご批判を頂くことで、この問題には決着をつけたいと思います。親切に当方にコメントを下さったがために騒動に巻き込まれた皆様には、大変ご迷惑をおかけし、本当に申し訳ありませんでした。ここに再度、深くお詫び申し上げます。

 ただし、再度強調しておきたく思いますが、Rさんや師匠と一点違うところがあるとすれば、わたし自身は他者との比較・競争に全く興味はありません。自分の音声を出すからと言って、他の方(同業者含む)に同じことを要求するものでもありません。しかし「音声を出せ!今の実力を見せろ!」との矛先が自分に来るなら、「プロの端くれとして、逃げも隠れもしません。受けて立ちます」それだけのことです。わたし自身は、読んでくださっている皆様が「このブログで何かを発言すると、●●さんや▲▲さんからお叱りが飛んでくるから、何も書けない」というようにはしたくないと思っています。そういったわけで、今後とも本ブログを何卒宜しくお願い致します。本件を問わず、皆様からの忌憚のないご意見・ご感想をお待ちしております。

※なお、音声録音に関しては、師匠やRさん(それぞれ地方在住)と日時・手法など協議中です。今しばし、お待ちください。もちろん「絶対聴いて下さい」と強要するものでもありません。興味の無い方は、遠慮なくスルーして下さい。

2011-07-23 18:50:21| カテゴリなし |コメント(25)トラックバック(0)

さて、同時通訳者になるまでの記録
のmorimichaさんですが、順調に原書を読んでおられるようです(もともと当方の師匠が勧めたという経過もありますが)。自分自身が中国語の文章に接する場合、特に媒体を決めていない上(それこそ現地の本からフリーペーパー、雑誌、ネットの記事…何でも読みます)、それを●冊というように数値化することも考えていなかったのですが、せっかくの機会ですので、自分も参加してみようと思います。過去の読書記録をどうこう言うのも潔くないと思いますので、現在、手元にあるのを1冊目としたいと思います。

先日の連休で地元に戻った際、頂きもので残っていたものやら、途中で読むのをやめたものやら、ひとまず10冊ほどを持ってきました。雑誌と違い、勤務先までの持ち運びが大変ですが、何とか頑張ってみます(*^_^*)

2011-07-20 21:57:05| カテゴリなし |コメント(0)トラックバック(0)

本日、ブログのアクセスカウンターを見てみると、すでに4万超。思い立ったときにちょこちょこUPする程度のブログですが、多くの方に読んで頂けて、本当に嬉しく思います。

こちらが発信した記事に対し、貴重なご意見を頂けるのがブログという媒体の素晴らしさである一方、不特定多数の方に対し情報を公開する媒体でもあるため、実際の仕事の中でどのようなトラブル(!?)に遭遇したのか、またそこからどのようなことを学んだのか、ということについては、守秘義務の関係もあり、なかなか書けないでいます。まして狭い中国語業界、それと想像させることを書けば、具体的な名称に触れなくとも、全部バラしているに等しいことも考えられますので…。

そういう制約の中ではありますが、最近気づいた(正確に言うなら『以前より深く気づかされた』)ことに、通訳・翻訳という仕事が必然的に背負っている「孤独」という名の責任があります。現在の私は、組織の内部での通訳・翻訳職ですので、原発言(元原稿)の意味や意図を確認できる機会や時間には恵まれている一方、場合によっては、逐一確認できないもあります。もっと言うなら、たとえ何回・何万回確認する機会があろうと、最終的にその原発言(元原稿)の意味を「どのように理解」し、さらには「どのようにもう一方の言語に訳す」かは、完全に通訳者や翻訳者に委ねられている部分なのだと痛感させられました。

先日の学習会でも、「日本語を聞き、日本語でまとめる」という訓練(デモンストレーション)をした際、多くの参加者に「理解する」ということの難しさを体感して頂けたと思いますが、自分の理解をすり抜けてしまった言葉は、当然もう一方への言語へ転換する際に反映されませんし、さらに言うなら、最初の「理解」の段階で誤った「理解」をした場合、原発言(元原稿)とは似ても似つかぬ訳文が出てくる、ということになります。何度確認作業をすれど(もちろんこの作業は非常に重要ですが)、元の話者(執筆者)の理解と、私の理解が本当に同じであるかは、何をどうやっても「確認のしようがない」のです。

その中で、通訳者(翻訳者)は「意味」を抽出し、もう一方の言語へ「転換」せねばなりません。背中に冷たい汗が絶えず流れ続けるような、ぞっとするような「孤独」。面白いことに、中国語を学べば学ぶほど、また中国語を使った仕事の経験が増えれば増えるほど、この「孤独」はその大きさを増していくのです。いつまでたっても中国語がレベルUPしたとは思えない、また中国語を学んでいるつもりで中国語を学んだと言えないのではないかと感じるのも、こんなところに原因があるのかも知れません。

険しい山道は、まだまだ続きます。

2011-07-17 12:17:44| カテゴリなし |コメント(3)トラックバック(0)

皆様、すっかりご無沙汰していて大変申し訳ありませんでした。

最近職場で、一生のうち何度あるか分からないような、貴重な経験をすることができました(そのせいで精神的に一杯一杯であったため、しばらくブログに手をつけられなかったというのもあります…)。

それと前後し、師匠から嬉しい言葉を頂きました。「最近の甘栗を見ると、一合目に来たんじゃないかと思う。おめでとう。このまま努力を続けて、死ぬまでに三合目くらいに到達できると良いね」と。

中国語に対し、わたしは常に恐怖感を持っています。「スキーをしているつもりで、実は子供用のそりに乗って、それをスキーと勘違いして満足しているだけなのではないか」と。もし一合目に来ているなら、少なくとも山を登るために選んだ道は間違っていなかったということになります。まだ何の景色も見えませんが…師匠の言葉を信じ、今、少しだけ充実感に浸りたいと思います。

2011-07-13 22:22:21| カテゴリなし |コメント(3)トラックバック(0)

都内の某所に奉職し、早3ヶ月以上が過ぎました。上京前後の急展開は言わずもがな…ですが、学習会に参加頂いた方から「中国語の仕事は、何だかんだ言って中国人が有利です。どうやって最初の仕事を見つけたのですか」というご質問を頂いたのと、しんちゃんさんのコメントを見て思うところがあり、本日の日記をしたためることにしました。

私の職歴については、過去の日記にある程度書いてあるため、詳細は省略したく思いますが、少なくとも(東京の就業環境はいざ知らず、以前住んでいた某地域に限って言えば)下記のようなことは言えると思います。

(1)通訳・翻訳といった場合、就業環境は中国語ネイティブが圧倒的に有利
(2)少しずつ、できるところから中国語の仕事を始めようとすると、現実問題「食っていけない」

(1)に関して。平均値を取れば、日本人学習者のレベルが低い(つまり私自身のレベルが低いために仕事探しが大変であった)という否定しようのない事実もあるわけですが、それ以前の問題で、採用する側も「日本人には中国語なんてできない」「中国人社員の日本語に問題があるなら、日本人社員が助ければよい。通訳や翻訳を頼んだときに、スムーズに中国語化できるほうが有難い」と考えているフシがあるようでした。もっと端的に言うと「日本人」であるがゆえに、採用面接を受けることすらできなかったことも多々ありました(逆に、日本で就職活動している中国人の方からは「日本人はビザの問題で断わられることがないじゃないですか!」と言われそうですが^^;)

そして、ようやく潜りこめた就業先(=アルバイト先)で、「中国人社員を雇ったから(or中国人社員がいるから)、あなたはもう要らないよ」となったことも、大変悔しいことではありますが、過去2回ありました。

(2)について。私の場合、全く何もできないようなレベル(当時HSK8級だったと思いますが)で何の見通しも考えず、いきなり前職を辞めてしまったため、そもそもできる仕事が限られていました(というより、もっとはっきり言ってしまうと「ありませんでした」)。一気に年収百万円台のアルバイト生活に転落し、数少ない収入からアパート代を払い、中国語学習のために投資し…といった日々が何年と続きました。同年代の女性がそこそこ小金を持ち始める頃に、「自分は何をやっているのだろう?」と涙にくれたこともあります(まあ、自業自得ですが^^;)。

そんなこんなで、過去の記憶はしょっぱいか苦いかのどちらかですが(@_@)、だからこそ決意していることがあります。それは「絶対に日本国内で通訳者になってみせる」ということ、そして「同じ日本人学習者(後輩)に迷惑をかけるような仕事はしない」ということです。

徐々に中国語の力がついてきた頃、「過去に語学留学してるから(or 仕事上中国人と付き合う時間があるから)中国語がお上手なんですね」あるいはそれと真逆ではありますが「中国に1年も住んでいなかったんですよね?本当にそれで中国語ができるんですか?」という言葉を耳にするようになりました。表現こそ違えど、そこに同じ根(中国滞在歴やネイティブとの接触時間の長短のみを重視)が透けて見えて、一時は「中国語ができると思われる理由も留学(滞在歴)のせい。一方、中国語ができないと思われる理由も留学(滞在歴)のせい」というジレンマに陥り、忸怩たる思いで一杯になりました。

そうこうするうち、師匠の師匠にあたる方が、海外に一度も出ず、日本国内のみの学習で英語同時通訳者となったことを知りました。「絶対、日本国内の勉強だけでプロになってみせる」と、このとき決意しました。たとえ短期とは言え、語学留学経験のある自分は純国産とは言い難いかも知れませんが、環境に依存せずに通訳者・翻訳者になろうと考えたのは、(自分のレベルの低さも大きな原因とは言え)元はと言えば、厳しい就職事情に端を発したものでした。

そして「同じ仕事を志す日本人の後輩に迷惑をかけない」。クビと言えばクビになった経験があるため、全く偉そうなことは言えませんが、特に日本人で中国語関連の仕事をする場合、「自分の仕事ぶり如何が後輩の進路を大きく左右する」ことを肝に銘じなくてはならないように思います。自分の働き次第で、数少ない中国語の通訳職・翻訳職のパイの一つを後輩に繋ぐことができないかも知れない。現在の職場もそうですが、私のやるべき仕事の一つは、もしも自分が辞めるとなったときに、後輩にこの仕事をバトンタッチすることだと思っています。

こうして過去を振り返ると、自分が現在の場所で通訳職・翻訳職として勤務できるのは本当に有難いことだと感じます。現状、「中国語の仕事に就きたくてもそれが叶わない」方は、過去のわたしと同様、日本全国に数多くいらっしゃることと思います。「努力ができないなら、努力できる人に今のポストを譲れ」と言った師匠の言葉を忘れず、これからも精進していきたいと思います。

2011-06-20 20:27:19| カテゴリなし |コメント(0)トラックバック(0)

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