
教材「海の命」については前回も少しふれましたが、本文に次のような表現が出てきます。
「ぼくは漁師になる。お父と一緒に海に出るんだ。」
子どものころから、太一はこう言ってはばからなかった。
父はもぐり漁師だった。
本文の解説や解釈の後、脱線して補足事項も付け足しました。
一つは「憚る」から派生した「憚り」です。
ここでは、「憚る」を「さしひかえる。遠慮する。」の意味で使っているが、連用形から派生した「憚り」には①さしひかえること。遠慮。 ②さしさわりのあること。差しつかえ。
という本来の意味から、③(人目をはばかる所の意で)便所
という意味も生まれてきて、直接「便所」と言わずに間接的にいう言い方になっていることを取り上げました。
但し、古い言い方だから「憚り」は年配者が使うことがほとんどで、若い人は「お手洗い」とか、外来語の「トイレ(ット)」と言うと補足しておきました。
中国語でも最近では直接「厠所(cesuo)」と言わず「洗手間(xishoujian)」と言うことが多くなって来ているのと同じだよ、と説明すると納得する生徒が多いです。
又、「もぐり漁師」は「潜り漁師」の意味で海に潜って魚や貝などをとる漁師だと説明した後で、「もぐり」についても中国語の「潜(qian)①水の中に潜る ②潜む、隠れる ③ひそかに、こっそり」から連想させて、
①水に潜ること、という本来の意味の他に
②禁を犯し、または許可を受けずにひそかにすること。また、その人。
③ある集団の一員とは認めがたいこと。よそ者。
という意味があり、日常会話などではむしろ②、③の用法の方が多いということも触れておきました。
日本語を教える時には、本文を読ませその内容を理解させるだけでなく、同じ語が他の場面で全く違う用法で使われることを指摘しておくことも大事です。
その意味では、「海の命」は発展性のある教材で面白いと思います。
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2010-03-11 21:48:31|
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高校1年生の読解文教材として、立松和平氏の「海の命」を扱っています。
関連資料として「我は海の子」の歌詞を提示し、歌をCDで聞かせました。
1番の歌詞の中で難しいのは“煙棚引く苫屋こそ”でしょう。
「棚引く」を説明するのに棚を図解する所から始めます。その上で、風の有無で煙突から出た煙がどうなるかを、これまた図を使って考えさせます。
苫屋の苫は中国語も日本語もほとんど同じ意味なので分かるかなと思いましたが、上海の都会っ子にはピンとこないようです。
苫:
スーパー大辞林:菅・茅などで編んで作ったもの。船などを覆い、雨露をしのぐのに用いる。
講談社中日辞典:[shan](名)とま。こも。(動)[むしろや布などで]覆う。覆いをかける。
因みに、留学生部の日本人中高生7名ほどに「我は海の子」の歌を知っているかと尋ねたら、1名だけ聞いたことがあると言っていました。
現在は、日本の小学校でも「我は海の子」は教えてないみたいですね。
歌詞が古くて現代っ子には日本語が理解出来なくなって来ているからかもしれません。
メロディーが良いだけに一寸残念ですが・・・
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2010-03-08 00:00:00|
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後期の中三の授業は前期の続きで読解文の学習です。
教科書では色々な種類の文章を読ませ、日本語に慣れさせようとする構成になっています。
最初に取り上げるのは自然科学に関する説明文です。客観的な事実だけを具体的に述べた文章から、そこで触れられている自然現象の原理や法則をつかむ訓練をします。
標題は「空はなぜ青いのか」ということで青空や夕焼けの原理を取り上げています。
プリズムによる分光や虹の話も出てきます。
読解文としての主目標は光の波長によって空気中の微粒子にぶつかった際の分散の仕方が違うことが原因である、ということを読み取らせるものです。
しかし授業ではさらに発展させ、生徒に興味を持たせる工夫も大事です。
そこで、虹は本当に7色なんだろうか、とか何故虹と言う漢字は虫偏なのか、などと生徒に質問し考えさせるようにしています。
虹の七色に関して言えば、イギリスの科学者ニュートンがプリズムを使った実験から太陽光は7色に分光すると言ったのですが、彼も色と色の間には無数の段階があると論文の中で触れています。
波長の違いによって色の見え方が変わる訳ですが波長はデジタル的な段階で変化しているのではなく切れ目なく続いているのです。
従って、厳密にいえば虹の色は無数であるということになってしまいます。
ただ、幸か不幸か幾つかのまとまった色に見える部分を数えているだけなのです。
日本でも中国でも虹は7色であるというのが一般的ですが国によって、民族によってスエーデンやアメリカのように6色だったり、ドイツのように5色だったりします。
又、中国だけではありませんが昔、虹を蛇や竜の一種と考えた人たちがいました。そこで虹も蛇も動物の一種であるということで虫偏になったという語原の話をすると興味深げにメモしながら聞いています。
また、日本でもそうですが何処の国でも虹の7色の順番の覚えるのに苦労する生徒が多いので、日本語と英語の語呂合わせによる覚え方も紹介しておきました。
赤Red 橙Orange 黄Yellow 緑Green 青Blue 藍Indigo 紫Violet
あか だいだい き みどり あお あい むらさき(音読みで「し」)
赤だ君! 青合図!(あか だ き み! あお あい ず[「し」]!最後が一寸苦しい。)
Read Out Your Good Book in Verse.(君の良い本を韻文で読め)
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2010-03-05 01:44:47|
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昨日から私の後期の授業が始まりました。
最初に冬休みの課題を提出させたのですが、予め担任が一声かけたクラスとそうでないクラスとでは提出状況が大分違います。
その後、日本語での口頭発表の練習を兼ねて、冬休みの生活の報告をさせました。
1人1分を目途に行ったのですが話す内容が豊富で2~3分かかる生徒もいれば30秒足らずで終わってしまう生徒もいます。
生徒の話した内容と触れた生徒の割合は、
①冬休みなので朝寝坊した。(40%)
②パソコンでゲームをした。(30%)
③テレビやアニメを見た。(60%)
④親戚の家に行きお年玉をもらった。(30%)
⑤田舎に行った。家族旅行をした。(15%)
⑥宿題が大変だった。(85%)
⑦その他の話題(15%)
と、いうことで宿題の多い中国らしく、圧倒的多数の生徒が「宿題が大変だった」と言っていました。
休みの終わりころには朝から晩まで宿題を片付けるのに追われた生徒が多いのは、日本の夏休みの状況に似ています。
雲南省や海南島、内モンゴルに旅行に行ったという報告にはオーというどよめきと羨望の眼差しが送られました。
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2010-03-02 03:42:06|
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冬休みの研修旅行の最後は沖縄です。
実は大半の都道府県は歩きまわっていますが、沖縄・愛媛・高知の三県が残っていました。
その内の一つが、今回の研修で消えました。
沖縄と言えば、若い人はビーチリゾートや那覇の国際通りでの買い物、年配者なら姫ゆりの塔や摩文仁の丘など沖縄戦跡を思い浮かべる人が多いと思います。
しかし、今回の私の沖縄訪問の主な目的は別のものです。
それは、「沖縄の世界遺産」を訪ね歩きこの目で見ておきたいということです。
沖縄の、世界遺産に指定されているものは幾つあるかご存知ですか?
首里城・首里城公園は有名ですがその他に、那覇・首里地区では識名園、園比屋武御嶽石門、玉陵が、中・北部では座喜味城跡、勝連城跡、中城城跡、今帰仁城跡が、そして南部には斎場御嶽があります。
那覇市内の短いモノレール以外鉄道の無い沖縄で、各地に散らばる世界遺産を見て回るにはレンタカーが有効な手段で、今回私も利用しました。
沖縄の歴史と独特な文化を知る良い研修旅行になりました。
今回の画像は首里城の敷地入口にある、二千円札のデザインにも使われた守礼門です。
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2010-02-27 01:40:26|
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冬休みの研修第三弾は台湾です。
今回は初めての台湾ということもあり台北とその周辺しか回りませんでした。
特に見ておきたかったところが、本日の写真で紹介している故宮です。
普通、故宮と言えば北京の紫禁城を思い浮かべますが台北にも故宮(正確には国立故宮博物院)があります。
国共内戦で国民党(軍)率いる蒋介石が北京の紫禁城から持ち出した大量の文物が、この博物院に飾られています。
北京の故宮は紫禁城全体が建物やその内部の家具・調度品を含めて広範囲に分散しています。
台湾故宮は博物院として一か所にコンパクトにまとめられているので見学するには便利だし、近代的な博物館として工夫されています。
しかし、国共内戦だったとは言え、よくぞこれだけの貴重な文物を運び出したものだと感心するほどです。
逆にいえば、北京の故宮には歴代の皇帝のもとに大量の財宝とも言うべき貴重な文物が有ったということです。
第二次アロー戦争では、北京に侵入したイギリス軍やフランス軍の焼き打ちや略奪が各地でありました。
歴史に「もし」は有りませんが、それらが全て北京に残っていたらと考えると複雑な心境になります。
いずれにせよ、北京と台北の二つの故宮を合わせ見ると中国の歴史がより深く理解できると思います。
多くの方に北京と台北両方の故宮を見ることをお勧めいたします。
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2010-02-25 13:10:38|
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広州への研修旅行から上海に戻り、その後二月一日には日本に帰国しました。
1週間ほど庭木の手入れや物置の整理など済ませた後、寒い日本を脱出して今季冬休み第二回目の研修旅行に出かけました。
目的地はグアム島です。
グアム島と言えば若者たちのマリン・スポーツのメッカのような南洋の島ですが、勿論私には関係ありません。
私にとってのグアム島は太平洋戦争の激戦地であり、横井庄一さんです。反戦平和を願うからには一度は自分の目で見ておきたい島でした。
太平洋上の激戦地と言うとサイパン島や硫黄島が有名ですがグアム島も決して例外ではありません。
グアム島は日本から手軽に行ける外国であるにもかかわらず、ついつい行きそびれていたので、この冬休みを利用して思い切って出かけることにしたのです。
今回の場所は、眼下に広がるアサン・ポイントと呼ばれる場所に造られたアメリカ軍の橋頭保に対して、1944年7月25日夜日本軍の万歳突撃が行われた場所です。
この作戦が失敗に終わり、日本軍は島の反対側に追い詰められ、半月後には玉砕したのです。
この明るい南の島で、この場所で日米の多くの将兵が命を落としたかと思うと複雑な気持ちになりました。
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2010-02-20 02:18:41|
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さて、「開平楼閣と村落」を見学した後は、又、高速バスで移動しました。
目的地は広州市を通り抜け、東莞市です。
で、ここに何があるか、ですか?
本日の画像をご覧ください。
溜池か何かに見えますが、実はここがアヘン戦争のきっかけとなった、林則徐が外国商人から提出させた1188トンもの密輸アヘンを焼却処分した銷煙池跡です。
現在、この敷地内に虎門林則徐記念館がありますが、肝心の本館が工事中で余り見るべきものがありませんでした。
そこで、虎門大橋のたもとにある威遠砲台の並びにある海戦博物館に行き、「アヘン戦争海戦陳列」と「虎門海戦半景画」などを見て、「アヘン戦争」に関する学習をしました。
また、ここは青少年だけでなく大人も含めた麻薬防止教育の基地にもなっています。
日本では、青少年の薬害の大半はせいぜいシンナー・トルエン位ですが、中国では悪しき伝統でしょうか、麻薬が中心のようです。
悲惨な実態を示す写真資料などによって、麻薬の恐ろしさを教えています。
私が行った日も、入れ違いに小学生の団体が引率の先生とともに出てくるところでした。
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2010-02-15 12:46:45|
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広州市内で四か所の見学を済ませた翌日、開平に向かいました。
開平こそ今回の研修旅行の目的地です。
で、何があるかですか?
上の画像のような建物が開平市の全域にわたって1833棟も残っています。これらが2007年6月に世界遺産に登録されたのです。
登録名は「開平楼閣と村落」です。
開平は広州の南南西約100km程離れた場所にあり、高速バスで一時間半かかりました。
ここは、ディアオロウ(碉樓, diaolou)という高層の楼閣で著名な村落群で、これらの楼閣は華僑洋館とも呼ばれる西洋風の高層建築で、中国の伝統と西洋の建築意匠が見事な融合を見せています。
元々は水害と匪賊の襲撃から財産を守るための望楼的なもので、1900年代になるとアメリカやカナダに渡った華僑が洋風の高層建築を作り、最盛期には3000数基に達したそうです。
実際、1912年から1926年までの間に、馬賊、盗賊の略奪、学校への脅迫は8回に達し、教師、学生ら百余名がさらわれるという悲惨な出来事があった、とのことです。
今回の画像は塘口鎮の自力村のものですが、この他に赤坎鎮の三門里の迎龍樓、百合鎮の馬降龍村落群、蜆岡鎮の錦江里が世界遺産に登録されています。
広範囲に点在し、バス便も悪いので今回はタクシーを使い、二日かけて主な館物はすべて見学してきました。
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2010-02-11 19:56:45|
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広州市内最後の見学先は六榕寺です。
六榕寺は537年(梁の大同3年)に創建され1400年以上の歴史を持つ古刹で、広州4大仏教叢林の一つになっています。
もとは浄慧寺と言う名前だったそうですが、有名な詩人蘇軾(蘇東坡)がこの寺を訪れ、榕樹(ガジュマル)の樹が生い茂っている様を「六榕」と読んだことから六榕寺とよばれるようになったとのこと。
境内には高さ57mの六榕塔という九層の仏舎利塔があり、以前は塔内に入れたそうですが現在ははいれません。
この塔は約千年前の宋の時代に建てられた広州でもっとも古い仏塔で、以前は千仏塔と呼ばれていたとのこと。
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2010-02-06 21:04:05|
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