「
ネットカフェ難民―ドキュメント「最底辺生活」 (幻冬舎新書)」
なぜか、お堅い県立図書館で見つけたかなり前衛的な新書です。
アマゾンの商品の説明から内容の説明:
金も職も技能もない25歳のニートが、ある日突然、実家の六畳間からネットカフェの一畳ちょいの空間に居を移した。パソコンで日雇いバイトに登録し、日中は退屈で単純な労働に精を出す。夜は11時以降が入店条件の6時間深夜パックで体を縮めて眠りを貪り、延滞料金をとられないよう、朝は早く起床。時にファミレスや吉野家でささやかな贅沢を楽しむ。やがて目に見えないところで次々に荒廃が始まった…メディアが映し出さない“最底辺”の実録。
この著者の場合、大学もでているし、モラトリアムとしての漂流と言うか、あまり悲壮感はない「最底辺生活」の日記的な記録です。おもしろかった。文章がうまいんですよ。ページをぱっとみて、漢字とひらがなとカタカナのバランスもよい。美大の出身だそうで、自分をよく観察しているなと思いました。ところで、不況というのは周期的なものでその時代によってそれなりに文学を生んでしまうのですが。「
もう頬づえはつかない」を突然思い出しました。
ところで、日本に帰ってきてすぐ、なぜ日本は大学教育を受けた人が多いのに、ニートとかフリーターが多いのか、すごく不思議だったんですがこの本をよんで、なんとなく納得してしまった。そう、日本の大学って卒業するのが楽なんですよね。
なにせアメリカは、大学を卒業するためにかなり高いハードルがあるので、大学卒はまだそれなりに労働市場で優遇される傾向があります。
ここでハードルとは、留学生やメキシコ系や黒人など少数派の生徒にはまず英語能力と基礎学力。つまり、大学の勉強についていけなくなって中退のパターン。そして、最近では、やっぱり経済的に4年制学校に行くのはきついという人が増えてきたみたいです。ただ、パートタイムで学校に行けるシステムがかなり充実しているし、学費ローンのシステムもあるのでモーティベーションの高い生徒にとって卒業は不可能ではないです。
というわけで、アメリカ的な感覚でいえば、高等教育を受けている人がこんなにいるのに、なんでもっと日本は良い国にならないのかなーと不思議だったんですが。読み書き計算はできるけど、大学がうまく機能しないために、アメリカ的に中学卒、高校卒のレベルにとどまってしまう人が多くなってしまったのかな。これは、残念なことですね。
あと、自分のことを考えてみると、大学卒でも、女で40すぎて就職しようとするとレジ打ちとかバイト主婦と同じ待遇に落ちてしまうのも問題だと思う。(自分の責任によるところが多いと思うのでなんとかしたいと思っていますが、自助努力でなんとかなるか微妙なところ)
少子化で納税者がただでさえ減っているのに、ニート、フリーターが増えてしまうと、内需は伸びないし、社会保障費の維持もきつくなるしよくないですよね。個人的にも健全な納税者に復活したいとは思います。実際問題、自分にできる一番身近な社会貢献は納税だと思っているので。あとは、選挙かなー。いつになるんだろう。