本年度の一次試験対策が5月27日から始まります。
3学期の時間割は以下の通りです。
(期間 5月27日~8月4日)
中国語
日曜10時から12時 木曜夜8時から10時 金曜3時から5時 土曜3時から5時
韓国語
日曜3時から5時 木曜3時から5時 金曜夜8時から10時 土曜10時から12時
一般常識
日曜2時から3時 木曜2時から3時 金曜夜7時から8時 土曜12時から1時
地理
日曜12時から1時 木曜夜7時から8時 金曜2時から3時 土曜2時から3時
3学期の学費は以下の通りです。
外国語教科:中国語・韓国語 各教科2時間×10回 50,000円
邦文教科: 地理・一般常識 各教科1時間×10回 25000円(+テキスト代各3000円)
外国語1科目+邦文1科目 67,500円(+テキスト代各3000円)
(ただし二分割払い。その他、5月の一般常識ツアー、6月の地理ツアー、8月の直前対策は別途料金)
なお、当道場では
5月13日から26日の上記時間割に、中国語および韓国語の無料体験受講を承っておりますので、ぜひとも
こちらまでお問い合わせください。
2012-05-08 01:15:07|
道場授業日記
|コメント(0)|トラックバック(0)
当道場のテキストは、中国語、韓国語、地理、歴史、一般常識すべてにわたって、試験に出てきた内容を目安に作成されています。出版や製本せずに、今のところワードのファイル形式で毎週生徒さんにお送りしています。全教科に共通して言えるのは、「どうしたら日本のことを伝えられるか」ということに関する思いとこだわりです。そして可能な限りこの思いに近づけるため、手作りのテキストを毎年更新してきました。昨年とは同じものを使用しないことを誇りとしているのです。
それではどのようにして教材を作成するかというと、①読書→②視察→③語彙リスト作成→④教材作成→⑤教材校正という手順で行っています。具体的には、
① 読書:あるテーマを決めて読書をします。(例:長崎の文化・歴史)
② 視察:実際にその地に赴きます(例:中華街、出島、平和記念公園、島原半島等)
③ 語彙リスト作成:中韓の辞書や各種書籍、ネットなどから、次年度に使用するテキストに入れたい語彙を各2000から3000ほどリストアップします。
④ 教材作成:例 前年度のテキストに、長崎で見聞きしたものを組み込む作業です。ただし中韓語彙リストをはじめから最後まで見て、「この単語は出島に、この表現は平和公園について使おう」などと考えつつ抜き出します。中韓に関しては案内士試験レベルをはるかに超えた水準の文章を作成し、合格後ただちにプロの語学職人として仕事ができることを目指しています。また、地理、歴史、一般常識の講義録も、視察で得た現地長崎の新情報を盛り込みます。この講義録はこれまで試験に出題されたものを基本的な範囲としますが、「高田の独り言」と称して中韓ガイドとして知っておいていただきたい事実や人物、場所の紹介も別途書いております。
⑤ 教材校正:ここまでは高田がほぼ独りで行いますが、中韓のネイティブでないためネイティブチェックを受けます。1ページ当たり平均15か所から20か所の校正を受け、最終チェックを受けてから皆様に配布します。また、地理、歴史、一般常識の古くなった情報を探し、削除したりもします。
このようにしてこだわりにこだわった教材は、ありきたりの日本紹介ものではありません。座禅や古典芸能、温泉、年中行事、和食、神社といった案内士試験の「定番」はもちろんのこと、沖縄の米軍基地問題、原発問題、北海道のアイヌ、在日コリアンや華僑、「寅さん」など、現代日本を伝えるための「社会派」的な内容も充実しています。ここまでこだわった教材を作成する理由は、「日本を外国人に紹介する通訳案内士養成」という仕事の重みを高田なりに理解しているからです。今日も「日本」を求めて東奔西走しています。
2012-03-06 15:55:48|
テキスト・学費等
|コメント(0)|トラックバック(0)
今朝、2011年通訳案内士試験の合格発表があった。
朝九時に官報に掲載されるので、HPを見ようと思っていたら、わざわざ一人の生徒さんが道場にいらっしゃり、官報を一部くださった。
当道場の合格人数は以下の通り。
中国語 14名
韓国語 10名
英語 1名
合計延べ25名というのは、当道場始まって以来の快挙だ。みなさん、かなり善戦されたと思う。
毎年合格者の方々に申しあげているのは、合格がゴールなのではなく、これでようやく始まりだということ。私は「通訳案内士資格=高卒資格説」を唱えている。これがとれたぐらいでは社会で通用しない。しかしもっていないと「高校も卒業していない」と思われるぐらい、履歴書や名刺に語学能力などを書くことができないのだ。これをうまく生かせるか否かが今後最大の課題だ。
12日の夜には当道場に集まって、それぞれ飲食物を持ち寄り祝杯を挙げる予定だ。
なお、朝一に官報をお持ちいただいた方の名は、残念ながらその官報には載っていなかった。しかし「来年は必ず受かります。今の私にできるのは官報をお持ちするぐらいですから。」とのこと。この気概とお気遣いに脱帽した。世の中で合格するよりも大切なことをご存じなのに違いない。来年に期待したいと思う。
2012-02-10 09:38:35|
道場授業日記
|コメント(0)|トラックバック(0)
いよいよ2012年度の授業が始まる。と同時に中国語のCD付教材として名高い日中通信社さん発行の月刊雑誌「聴く中国語」の「中国語仕事人」というコーナーで中国語通訳案内士の仕事紹介として記事を載せていただき、本日がその発売日だ。インタビュアーのK氏は、非常に聡明な方で、私のまとまりのない話をうまくまとめてくださったのが驚きだ。ぜひご一読いただきたい。
そこにも書いておいたのだが、読者の方は今年二月末までならば当道場の体験がどのようなものか、また通訳案内の仕事がどのようなものか随時ご相談を受けることにしたので、ご応募いただきたい。
なお、「聴く中国語」の読者ではなくても、韓国語等ほかの外国語でも、もちろん大歓迎。
今年の合格を目指してがんばる皆様のお手伝いができれば幸いである。
2012-02-07 00:00:00|
道場授業日記
|コメント(1)|トラックバック(0)
長崎の夜というと、神戸六甲山、函館山と並ぶ100万ドルの夜景を誇る稲佐山からの夜景が有名だ。深く入り組んだ港の周りに赤や緑のネオンがきらめくのこの街を空から見てきたのはこの山だが、もっと深くじっくりと長崎の夜を見てきたのは丸山だろう。
丸山は江戸の吉原、京都の島原と並ぶ三大花街だ。維新の回天期に志士たちが日本の明日を語った丸山、そしてなかにし礼の小説で1999年に直木賞をとった小説「長崎ぶらぶら節」の舞台となった丸山を体験するためにちょっとした大枚をはたいた。
大正期に丸山で地元の唄がうたわれないことを疑問に思い、「長崎によか歌はなかとじゃろか。そんげんことはなかと思う。おいは長崎ば愛しとるけん、長崎の歌探しばやってみようと思うとっとたい」と、芸妓愛八とともに唄探しの旅に出た郷土史学者の古賀の心の動きを描いた「ぶらぶら節」。その舞台は丸山の花月というお茶屋である。
江戸時代最盛期には千数百人を数えた芸妓が、今は20名に減っているのが丸山の現状だ。また、ロマンを感じさせる丸山という響きも、今は電線と駐車場だらけの殺風景な場となっているハード面の弱さも問題だ。その中で昔の残り香を嗅ごうと必死になって丸山を歩き、たどり着いたのが青柳というお茶屋だ。
長崎の名物料理といえば卓袱料理。鎖国期にも通商港として栄えた長崎ならではの和食と中華と洋食とを取りそろえた長崎のフルコースだ。この中で面白かったのが「ハトシ」である。広東語で(蝦多士)と書くこの料理は、蝦のすり身をトーストで挟み、挙げたものだ。おそらくは香港あたりで英国人のもたらしたパンと中国のエビ料理が混ざったものが長崎に入ってきたのだろうが、そのクレオール料理が長崎にてさらにクレオール化したのが面白い。メキシコのタコスがアメリカに入り、沖縄の米軍基地周辺でその具をご飯にかけて「タコライス」にしたようなものか。卓袱料理を別名「わからん(和華蘭)」料理とも呼ぶのも言いえて妙だ。
肝心の芸は温泉芸者よりは上で、京都より下、という感じか。しかしなにより文化を支えているという誇りは感じられたし、私も家内も名指しで前に出されてバカバカしく恥ずかしい踊りをさせられはしたが、楽しい思い出を作ってくれたのがよかった。
計算したら昨年一年で国内旅行を二十日間行い、その行先のほとんどすべてが案内士試験の地理歴史、一般常識に出てきた場所か、または東アジアの交流史にゆかりの深いところだった。金銭的には自分の年収の1,2割がこれに費やされた。私は吝嗇なほうだったのだが、そのようにまでして踏査旅行に金を費やし、読書に時間を費やしたのはなんだろうか。突き詰めてみると「長崎ぶらぶら節」の主人公の一人、古賀の発言にその答えを見つけた。
「おいはここにおるとは酒を飲むためではなか。日本文化の鑑賞じゃ。学者というもんは、机にばっかかじりついていたっちゃ、ろくな研究はできんたい。芸者遊びのこの無駄、この下らなさ、このバカバカしさ、この楽しさと虚しさをしらんで、どうして花街のことば語れようぞ。おいは学者たい。しかしただの学者ではなか。芸者と踊り、幇間とたわむれ、金ば湯水んごと遣うて学問ばする。ただし、学問よりもなによりも女が好きじゃ、大好きじゃ」
「学問というもんは、他人の研究ば利用することではなか。自分が自分の手と足で勉強することたいということば実証してみせたいばっかいに、中央の学者たちの机上の空論をくつがえしてやりたいばっかいに、おいは長崎の隅から隅まで舐めるようにして調べまわしたとたい。身銭ばきって遊んだとたい。そいで身上ばつぶしたとたい」
「これが学問たい。自分の目で見て、自分の手で確かめる。そこに学ぶことの喜びがあっとたい。」
「たった一つの歌の背景には、こんげんすさまじか歴史があったとたい」
試験の問題と解答、一問一問の答えを授業で教えるため、ただそれだけのために身銭を切って方々歩いている道楽者の私と、恐ろしいほど相似していた。私が身銭を切って丸山で、いや日本中で遊ぶ理由をここまで正当化してくれた人物を、私はまだ知らない。
翌日長崎の総鎮守、諏訪神社にお参りした。10月初旬の重陽節の行事であり、長崎の神社の祭りとして最大の規模を誇るおくんちの会場だ。この行事での一番の目玉が丸山芸妓が総出で行う芸だ。今度長崎を訪れる際は、ぜひとも見たいものだ。身銭を切って体を動かすことがどんなに大切か、知っているからだ。
2012-01-17 22:29:48|
邦文コラム
|コメント(0)|トラックバック(0)
2012年1月から8月までの学費
学習者が道場に支払う費用は、各学期(全10回)が一つの単位となっております。各シリーズの第1回目に学費の半額を現金でご納入いただき、第6回目に残りの半分をご納入いただきます。
中国語または韓国語(テキスト代込み)
第1回目 25,000円
第6回目 25,000円
合計 50,000円
地理・歴史・一般常識 (テキスト代別途 各教科2500円~3000円)
第1回目 12,500円
第6回目 12,500円
合計 25,000円
中国語または韓国語+地理・歴史・一般常識のうち一科目(テキスト代別途)
第1回目 33,750円
第6回目 33,750円
合計 67,500円
このほか、博物館学習、直前対策など、別途費用負担があります。(希望者のみ)
2012年10月から12月までの学費
二次面接対策講座の費用は中国語コース、韓国語コースともに以下のとおりです。
第1回〜第6回 12時間 30,000円
第7回〜第10回 12時間 30,000円
(学費に対する考え方)
当道場では、入学金(初期費用)はお受けいたしません。それは用途不明だからです。
また、施設費や光熱費もお受けいたしません。それは、自宅を開放して行うからです。
さらに、年間を通しての学費を提示して、ローンを組ませたりするということもいたしません。入学金やローンで顧客をしばってまで授業を受けさせることは、プロの教師がすることではないと考えるからです。生徒さんのやる気が持続しなければ、生徒さんに実力がつかなければ、教師失格とみなされ、退会されても当然です。退会者が出れば、講師は反省し、改善すべきです。
長期出張や一時帰国などで授業に出られない場合はあらかじめおっしゃってくだされば回数割の授業料しか受け付けません。入門を希望される方は、5回分の学費のみをお納めください。そして授業に納得されれば、ご継続ください。
2012-01-06 00:00:00|
テキスト・学費等
|コメント(0)|トラックバック(0)
佐賀県と福岡県にまたがるエリアに関する地理的なキーワードは「筑紫・筑後」である。ここには東西にわたって断続的に筑紫山地が連なり、その南には九州最大の平野、筑紫平野が広がる。そしてその平野は九州最大の河川、筑後川によって佐賀県と福岡県に分かたれる。
「筑紫山地」とはいっても逆に地元の人はピンと来ないかもしれない。佐賀市民はそれを「脊振山地」とよび、福岡県民はそれぞれの地域で別々の呼び方をしているが、その総称である。この山地をもっともはっきりと認識できるポイントは佐賀市内から北側に走る山々であろう。
佐賀というと、長崎県と福岡県に挟まれて多少地味なイメージがあるかもしれないが、ここは幕末に維新回天の主役となった薩長土肥の四大勢力の一つである。ここの領主、鍋島藩は蘭学に力を入れ、さらに地場産業の窯業(伊万里焼、有田焼等)を応用して作った反射炉によって大砲を大量生産した。品川台場で大砲を設置したのも、英国からアームストロング砲を輸入して戊辰戦争で新政府軍を勝利に導いたのも、佐賀鍋島藩によるところが多い。佐賀市の原型は鍋島氏が作った人工都市であり、佐賀市民の鍋島氏に対する思いは並大抵ではない。明治になってから佐賀の江藤新平らが不平士族を率いて起こした佐賀の乱(地元では「佐賀戦争」)の際に不平士族らにうたれた銃痕が今も残る大きな大手門をくぐると、21世になってから復元された本丸御殿につく。ここは無料で入場できるだけではなく、鍋島氏の功績を広めるために、ボランティアガイドが大勢待機しているので解説を頼むのをお勧めする。巨大な三百畳以上もの畳敷きの御殿を原寸で復元するだけでなく、ふすまの絵柄など細かい部分までわからない個所はそのままにしておき、そのことをガイドが説明するという、あくまで史実に基づく律義さが個人的に気に入った。
佐賀市の周りはほぼすべて水田であり、その灌漑のための用水路「クリーク」が縦横している。車に乗るとよくわかるのだが、時速50㎞で走った場合、十数秒に一か所は必ずクリークをまたぐことになる。なお、ここは弥生時代に秦の始皇帝の使いとして不老不死の薬を求めた徐福が稲作を伝えた地であるともいえるので、2000年以上前からのコメどころだったのかもしれない。
クリークが続く田園地帯のど真ん中に流れるのが「筑紫次郎」との異名を持つ暴れ川(治水の難しい河川)、筑後川であり、ムツゴロウで知られる内海の有明海に注ぐ。それをこえたら福岡県であるが、この付近で有名な都市というと水郷として知られる柳川がある。かつての平城の堀や、町中に縦横にめぐらされた水運用の用水路の両側には青々とした柳が植えられ、白壁やなまこ壁の土蔵が連なる。かつての雰囲気を醸し出すこの堀には観光用の船も多数出ていて、なんと柳川駅から各ホテルの最寄りの舟着き場まで、バス代わりに舟で行けたりもするのだ。「日本三水郷」というのがあれば間違いなくここが選ばれるだろう。食でいうならばドジョウ料理の代表として知られる柳川鍋や、有明海のムツゴロウを食材としたものなどがよく知られている。
このように山と川、海に囲まれた平野に位置する地味な個性を放つ渋い町が、この地区の大きな魅力なのかもしれない。
2012-01-06 00:00:00|
邦文コラム
|コメント(0)|トラックバック(0)
暮れに8日間かけて九州北西部をレンタカーで周った。長崎県、佐賀県、福岡県にまたがる国立・国定公園に行くと、私のような「非地理系」の人間でもその山海の美しさに魅了されてしまう。今回訪れた自然公園は長崎県の雲仙天草国立公園と西海国立公園、そして佐賀県と福岡県にまたがる玄海国定公園である。
雲仙天草国定公園の前身、雲仙国定公園は1934年に日本で最も古く国定公園に指定されたものの一つだ。1990年代に噴火した土石流が今なお生々しい普賢岳やその時隆起してできた平成新山など、島原半島には海から急に隆起したように見える山々が連なる。高度が1400mを超すため、地表より約10度気温が低い。また地面のくぼみから熱湯が湧き出で、1m先が見えないほどの湯気が立ち込める「雲仙地獄」やそこを取り囲む雲仙温泉など、自然の魅力に満ち溢れている。仁田峠というところにあるロープウェイにのると、まさに絶景である。北には平成新山から流れた土石流の跡、ムツゴロウで知られる有明海や諫早湾干拓地、南にはキリシタンの根拠地となった天草諸島など、360度の大パノラマが楽しめる。私の中ではここはまさに「日本三景」である。
そのため日本初の外貨獲得目的の国策リゾート地として開発されたのがここ雲仙なのだ。1930年代当時は夏に蒸し暑い上海を牛耳る欧米人たちを対象に、避暑地としてアピールしはじめた。上海から長崎は一日の船旅だったという。雲仙には当時の英語やロシア語によるパンフレットが残っている。今でも雲仙では温泉旅館に「○○ホテル」と名付けるのが主流だか、それもその影響なのだろう。
一方、長崎県北部のリアス式海岸や五島列島を合わせて西海国立公園と呼んでいる。リアス式海岸となっているところはほとんど国立・国定公園に指定されているが、ここも例外ではない。今回は江戸時代初期に貿易で栄えた平戸島北部の川内峠からみた風景が特に印象に残っている。ここも360度の大パノラマが楽しめ、どこを見ても大小さまざまな島が浮かび、特に南を見渡せば九十九島の一部まで見渡せる。ちなみに長崎県は日本で最も島の数が多く、海岸線の長さも日本一長い。
三か所目の玄海国定公園は砂浜の美しさが魅力である。特に重陽節に由来する「くんち」という巨大な14体の山車行列で名高い佐賀県唐津市にある、長さ4~5㎞にわたってそれこそ虹のような形で植えられている防風林「虹ノ松原」の規模には目を見張る。
また、九州以外の人間にとっては意外かもしれないが福岡市は、特に能古島を囲む博多湾の海岸線は美しい。湾の南は福岡の市街地で東側は工業用地になっているが、北部には海ノ中道と呼ばれる砂州が突き出ていて、その両側が非常に長い松原を形成しているのだ。さらにその先には金印発見で知られる陸繋島の志賀島がある。「福岡市は観光地がない」とよく聞く。確かに空港や新幹線、フェリーなどの交通の要所である点も否めないが、実は自然が非常に豊かであり、リゾート地としての一面があることも忘れないでいただきたい。
2012-01-02 00:00:00|
邦文コラム
|コメント(0)|トラックバック(0)
来年1月8日から始まる2012年通訳案内士試験道場の各講座(中国語・韓国語・地理・歴史)の体験講座およびガイダンスを以下の時間帯に行います。一般常識の体験受講は2012年3月中旬を予定しております。
中国語
2011年
12月15日(木)3時から5時
12月16日(金)夜8時から10時
12月17日(土)3時から5時
12月18日(日)朝10時から正午
12月19日(月)3時から5時
2012年
1月5日(木)3時から5時
1月6日(金)夜8時から10時
1月7日(土)3時から5時
韓国語
2011年
12月15日(木)夜8時から10時
12月16日(金)3時から5時
12月17日(土)朝10時から正午
12月18日(日)3時から5時
12月19日(月)夜8時から10時
2012年
1月5日(木)夜8時から10時
1月6日(金)3時から5時
1月7日(土)朝10時から正午
地理
12月15日(木)夜7時から8時
12月16日(金)2時から3時
12月17日(土)正午から1時
12月18日(日)2時から3時
12月19日(月)夜7時から8時
2012年
1月5日(木)夜7時から8時
1月6日(金)2時から3時
1月7日(土)正午から1時
歴史
12月15日(木)2時から3時
12月16日(金)夜7時から8時
12月17日(土)2時から3時
12月18日(日)正午から1時
12月19日(月)2時から3時
2012年
1月5日(木)2時から3時
1月6日(金)夜7時から8時
1月7日(土)2時から3時
会場はすべて西日暮里の通訳案内士試験道場です。ご参加を希望される方は
こちらまでお問い合わせください。追って詳細をお知らせいたします。皆様のご参加をお待ちしております。
通訳案内士試験道場 高田直志
2011-12-15 00:00:00|
道場授業日記
|コメント(0)|トラックバック(0)
二次面接対策講座でロボットについて語った。時速9kmで走ったり、紙コップが握ったりできる新型ASIMOが現れたそうだが、近い将来ロボットが通訳案内をするようになるのだろうか。
「通訳」に関していうと、日韓、韓日の能力ならば近未来にかなりの高性能でできるだろう。中国語や英語などはこれから大きく改善の余地があるし、方言の問題もある。
また、バス内での案内業務に関しては周囲の風景を認識して外国語で説明することも可能だろう。たとえば、東京スカイツリーや皇居が見えたらその説明ができることだろう。さらには障害物をよける機能がすでにあるそうだから、浅草寺の雑踏を歩きながら説明し、外客と仲見世の店員との会話の通訳もし、浅草神社でも鳥居や狛犬の説明、手の洗い方、参拝の仕方、神道と仏教の違いなどについて説明することはわけもないことだろう。あらかじめ登録しておけば冗談さえいうのかもしれない。
一方、添乗業務はどうか。客を空港で出迎えてバスに乗せ、注意事項について話すぐらいはできるだろう。そしてホテルや食堂に着く前に、関係者に内蔵の電話で到着時刻を報告するのも将来的には可能だろう。客のパスポートがなくなったら、即座に客にもう一度探し直すよう促し、それでもなければ最寄りの交番を探し、紛失証明書を持って大使館に行き、再発行手続きぐらいはできるかもしれない。
かなり高い確率で数十年以内にこの程度まで技術は発達するだろうと思う。人間の通訳案内士にできるのはなんなのだろうと思ってしまう。「おもてなし」の気持ちはロボットには表現できまい、と思ったりもするのだが、「おもてなし」をするだけで何もしなくてよい通訳案内士とは、一体なんなのだろう。
2011-12-02 00:12:19|
中国語・韓国語通訳ガイド情報
|コメント(1)|トラックバック(0)
▲ ページトップへ