
言語習得に関する仮説で、「臨界期仮説(Critical Period Hypothesis)」というものがあります。これは、言語習得について一定の年齢を過ぎるとネイティブレベルへの達成は不可能、というものです。この説は 1964年に言語学者 Eric Lenneberg によって提唱されたものですが、実は言語学界でもまだ仮説のままで、これが正しくないと結論付ける研究も数多くあります。でも、驚くことに、日本の英語教育者の中には、これを信じている人も多いようです。
私は「臨界期仮説」を信じていません。なぜならば、私自身、大人になってから英語を習得し、ほとんどネイティブに近いレベルに達成したからです。そのような日本人は、まわりにも何人かいます。
「臨界期仮説」を覆す記事をインターネットで探してみましたが、ひとつ興味深いものを見つけました。日本語習得に関するものですが、語学習得一般に応用できると思いますので、興味のある方はチェックしてみてください。臨界期を過ぎてネイティブレベルに達した人の学習の秘訣も書かれています。
[以下引用]
調査の結果、「臨界期を過ぎてもネイティブレベルの発音習得は可能である」ということが分かってきました。例えば、日本語の学習を始めたのが18歳、日本に初めて来たのが22歳で、ネイティブレベルの発音習得を達成した人がいます。調査を進める中で、こういう人が複数見つかりました。
[以下終わり]
URL:
http://www.waseda.jp/rps/webzine/no18/no18.html
Anyway、大人で言語学習に力を入れている方は、「臨界期」なんてことを考えて悩んでいる暇があったら、単語の1つでも覚えてください。これが私からのエールです。
2006-07-16 00:00:00|
英語全般
|コメント(7)|トラックバック(0)

大人になってからバイリンガルになる、そしてその維持ために必要な性格を考えてみました。私自身については、以下の要素が必須だったと思います。
(1)負けず嫌い
(2)自立した大人として扱ってもらいたいという願望
(3)長期に渡ってしぶとく続けていくことを厭わない
[[ 解説 ]]
(1):自分の立てた目標に対して、または英語で交渉しなくてはいけない場合などについて。
(2):アメリカでは、英語できちんとコミュニケーションできないと、いつまでたってもこども扱いされる。こども扱いされるのは、自立心旺盛の私には耐え難いこと。
(3):言うまでもないが、語学に必要なのは日々の積み重ね。なかなか伸びなくてイライラするときもあるが、それに耐えてコツコツ努力(苦しい勉強という意味ではない)を続けることがカギ。
ほかにも「楽天的」、「社交的」などいろいろあると思いますが、取りあえず自分の性格の中で一番重要だったと思うものを挙げてみました。
2006-06-14 00:00:00|
バイリンガル
|コメント(6)|トラックバック(0)

英語を学習者している人の中には、リスニングで苦労している人が多いと聞きます。そこで、外国語を聞き取れない理由を考えてみました。順不同ですが、
(1)単独の音が取れない(母国語にはない音など)
(2)知っている単語を認識できない(正しい発音を知らない)
(3)Linking(仏語では「リエゾン」)があるので単語を認識できない
(4)単語を知らない(語彙が少ない)
(5)頭の中で意味をプロセスするのが遅い
(6)話し手に独特のアクセントがあるので聞き取りづらい
などが挙げられると思います。
ところで、「聞き取る」とはどういうことでしょうか? 「聞き取る」とは、単に「音を取る」ことだけではなく、「意味を理解する」ということです。「たくさん聞いているのに、リスニング力が上がらない」と思う人は、語彙を増やすこと考えてください。音声付の教材がお薦めです。また、(1)~(4)がクリアされていても、英語を聞くことに慣れていないと(5)の問題にぶつかり、混乱して途中でわからなくなってしまうこともあります。英語を聞く絶対量を増やしてください。1日の中で一定の時間は身を入れて「リスニング」する努力をするとともに、バックグラウンドで常に英語を聞いている環境を構築することをお勧めいたします。(6)については、プロの通訳でも難しいことがあります。上級レベルに達した方は、どんなアクセントでも聞き取れるように訓練してください。ご健闘をお祈りします。
2006-06-11 00:00:00|
リスニング
|コメント(7)|トラックバック(0)

みなさんは、英語での表現方法をどのように勉強しているのでしょうか。私の知っている限りでは、昨今のトレンドに「ネイティブスピーカーが使いそうな表現を覚える」というのがあると思います。確かに、初級・中級の学習者にとっては、英語の感覚を身につけるためにも、「ネイティブ的表現」を蓄積することは有益かつ必要なことであると思います。
ただし、ある程度の力がある人がいつまでも「ネイティブ的表現」を覚えることばかりに重点を置いていると、自分の言葉として英語を使えるようにはなかなかなりません。(もちろん、「ネイティブ的表現」の蓄積を続けるのは必要なのですが、焦点を変えたほうがいいということです。)
表現は無限にあるものです。英語に係わる機会のある人は、頭の中の「ネイティブ的表現辞書」に登録されていない表現を、自分で即座に組み立てなくてはいけないときがいつか来ます。そのようなとき、「ネイティブはそう言わないかもしれないが、知的なノンネイティブの大人として理にかなった表現」ができることが重要です。要するに、ネイティブ的ではなくても、相手が理解できる表現をすることです。それが、本人の本当の語学能力です。
私の周りには、英語がニアネイティブレベルの外国人がけっこういますが、「知的なノンネイティブの大人として理にかなった表現」をしている人が多いです。「ネイティブだったらどう言うか?」はあまり気にしていないと思います。そして、ネイティブスピーカーのほうも「ネイティブなら、こんな言い方しないぞ」なんて思っていないと思います(そんな暇ないと思います)。重要なのは、「コミュニケートできているか」です。だいたい、みんなが「典型的なネイティブ的表現」を使っていたら、気持ち悪いですよ。アメリカでは、そういうのは「cliché(紋切り型)」として嫌われる傾向にあります。また、当然ながら、ネイティブスピーカーでも、人によっていろいろ違った表現をします。
上級レベルの学習者は、自分の言葉で表現することを訓練し、試行錯誤しながら、少しずつ英語らしい表現、または英語として通じる表現ができるように、チューンナップしていくといいのではないでしょうか。そのためにも、英英辞典の使用をお勧めします。
2006-02-03 00:00:00|
英語全般
|コメント(7)|トラックバック(0)

英語学習に関して、最近は日本でも「発音」に焦点が当てられつつあるようです。発音は、重要ながらもこれまで見過ごされてきたエリアなので、いい傾向だと思います。発音に重点をおいた学校や教材もあるようですね。興味がある方は、チェックしてみるとよいのではないでしょうか。
ただし、発音を勉強するにあたって、1つ注意したほうがいいことがあります。それは、発音の勉強と並行して、英語を「話す」練習もするということです。発音がいいに越したことはありません。でも、発音ばかり良くて、話す中身がなければ困るのです。
私は渡米して数年後、この問題を抱えました。こどものころから耳が良かったためか、または、2~3年の英語漬け生活を送ったせいか、英語の発音がこれといった努力もせずに良くなってしまいました。まだ語彙も少ないし、自分の言いたいことがうまく表現できないのに、発音だけが良くなってしまいました。これはしばらく悩みの種でした。
発音がいいと、相手に「この人は英語が話せる」と錯覚を与えます。でも話していくうちに、語彙のなさや表現力の足りなさから、「ちょっと違う」と相手が気づきます。相手がガッカリするだけならいいのですが、受け答えの悪さに相手が傷ついたり、「アタマが悪いネイティブ」と思われてしまうこともあります。最初から「英語は私の第二言語です」と言える機会があれば「まあ、それだけ話せれば大したものですね」となりますが、そうはいかないことも多々あります。
発音は英語学習のうちで伸ばす技能の1つととらえ、他の技能(聞く、話す、読む、書く)を伸ばす学習と並行して学習するのが一番でしょう。他の技能のレベルと釣り合った発音能力を持つことが理想的だと思います。
2006-01-09 00:00:00|
発音・アクセント
|コメント(17)|トラックバック(0)

日本人の方が書いていらっしゃるブログをチェックしていると、英語または外国語に関するものが本当に多いですね。みなさん熱心にお勉強されているようで、本当に頭が下がります。
私はよく、「どうやって英語を勉強したのですか?」と聞かれますが、私の場合、アメリカで2~3年、英語だけの生活(immersion)をしたので、日本で英語の学習をと考えている方には、あまり参考にならないと思います。具体的に言えば、アメリカの大学院生として、英語だけで考える・書く・話す・観る・聴くを徹底しました。母国語の干渉を抑えるため、日本語をできるだけ排除し、日本語を忘れてもいい、という覚悟でした。どこかの宗教団体に2~3年入って、洗脳されてしまったようなものです。
大学院を卒業して働き始め、そのうちインターネットが普及して日本語が読めるようになり、私は日本語の「リハビリ」をしました。このころになると、母国語による英語運用への干渉がほとんどなくなり、心置きなく日本語を楽しむことができました。
ところで、日本人が英語(外国語)を日本で習得することが可能かという問題ですが、答えはたぶん「YES」でしょう。通訳や英語教育で著名な方々の中にも、日本で英語を習得された方がいらっしゃいます。ただし、相当な覚悟とやる気、そして「目的」が必要だと思います。
私にはできないかもしれません。私にとって英語を習得することは、アメリカで生き抜くために絶対に必要だったことなので、日本にいたら、バイリンガルにもニアネイティブにもなっていなかったと思います。現在、第3言語の習得に努めていますが、やる気を継続させるのはなかなか難しいですね。やっぱり「どうしても必要ではないから」なのだと思います。
語学だけではないですが、どんなことでも習得に至るまでには、「目的」が必要ですよね。(または、「語学オタク」になるか、どちらかでしょう。)
2005-11-30 00:00:00|
英語全般
|コメント(12)|トラックバック(0)

私は在米10数年ですが、特殊な言語環境の中に暮らしていると思うので、それについて書いてみたいと思います。
アタマの中:基本的に英語で考えている。2~3年のいわゆる英語漬け生活(TESOL の言葉では immersion と言う)で、コンピュータの OS を替えるように、アタマの中が英語になってしまった。ただし、まわりの言語に順応するため、日本語で話したり書いたりしているときは、日本語で考えている。
会話:ほとんど英語。在宅で仕事をしているため、日常会話の相手は夫。
聞く:ほとんど英語。テレビ、ラジオ、インターネットがおもなソース。テクニカルな言葉など、ときどき聞きなれない言葉が出てくるが、聞き取りは(内容理解も含む)ほぼ100%。
書く:英語と日本語半々。英日、日英両方向の翻訳の仕事をしているので、正確な文章を書くように心がけているが、どちらの言語ともにまだ表現力が足りない。
読む:英語と日本語半々。
インターネット一般:情報収集や買い物は、英語と日本語半々。
ブログ閲覧:日本語のブログを読むことが多い。英語のブログで心から共感できるものにまだ出会っていないからだと思う。
夢:英語と日本語のどちらも見る。日本人に向かって英語で話しかけるとか、アメリカ人に向かって日本語で話しかけることもある。夢の中で、「私はいったい何語を話しているのだろう?」と思うこともある。
話す:基本的に早口ではない。英語はネイティブレベルの速さが出せるが、日本語はトロいと思う。もともとフォーマルな話し方をするし、ふだん話していない日本語なので、日本人と久しぶりに話すと最初は角ばって聞こえるが、慣れてくるとだんだん滑らかになってくる(と思う)。
性格:日本語を話すときはおっとり。英語を話すときは、基本的には polite ながら、かなり aggressive になれる。私は bi-cultural なのか、それとも二重人格なのかと、思いあぐねるときもある。ただ、私は基本的には go-getter なので、それはどちらの言語でもそうだ。表現方法の違いだけか?
2005-11-18 00:00:00|
英語全般
|コメント(6)|トラックバック(0)

10月上旬、夫と日本を旅しました。久しぶりに日本を訪れて、あらためて日本人の接客態度の良さと、一般の人の親切さに感動しました。
日本人の接客態度の良さは、世界に誇れるものではないかと思います。アメリカの店員さんなどはフレンドリーなのですが、レジを打ちながら同僚とおしゃべりしたりと、プロ意識にいまいち欠ける点があると思います(もちろん、全員ではありませんが)。日本の接客業の方はきちんと教育されていて、プロフェッショナルで気持ちがいいですね。
一般の人も親切でした。尋ねると、自分に責任が課せられたかのように、親身になって教えてくれるんですよね。日本に着いてから道順やバスについてなど、いろいろな人に尋ねましたが、みなさん親切に教えてくださいました。
ところで、日本には、英語コンプレックスになったり、英語でうまくコミュニケーションできないからといって悩む人もいると聞きます。でも、外国語を勉強しようという態度だけでも尊敬に値すると思います。英語で私に話しかけてくれた駅員さんもいました(まあ、明らかに日本人ではない夫と一緒にいたからですが)。英語で一生懸命対応しようとする態度だけでもありがたいのです。これは、ガイジンとしての(笑)私の意見です。
英語コンプレックスなんかにならないで、日本人の良さをこれからも持ち続けていってほしいと思いました。
2005-11-05 00:00:00|
英語全般
|コメント(7)|トラックバック(0)

先日の記事『You で始めると accusatory になることがある』に対して、アロハ・マハロ・ヨシさんがコメントしてくださり、もうひとつお伝えすべきことを思い出しました。こうやってみなさんとお話しているといいブレインストーミングができます。ありがとうございます!
それは、「~したほうがいい」という提案をするときに、「You should ~」ではなく、「We should ~」にするということです。実際は「~するべき」なのは「あなた(がた)」の場合でも、あえて「We」を使うのです。人前に立って話をする機会がある人(教師、牧師、司祭、講演者、etc.)で表現などに気をつかう人は、「we」「us」のほうをよく使います。「You should ~」を多用する人は威圧的に聞こえ、嫌われるもとになります。
2005-10-01 00:00:00|
英語全般
|コメント(9)|トラックバック(0)

日本語で「私が、私が」と言い続けると「自己中心的」と取られがちですが、英語では「 I 」で始めたほうがいいことが多々あります。マダム・カルカソンヌさんも「主語を『私』にして話しなさい、とよく言いますが、本当です」とおっしゃっていますが、私も同感です。
というのは、「You」で始めると accusatory(非難しているように聞こえる)になる文脈もあるのからです。
例えば、「それはまだ届いていない」と言いたいときに、「You have not sent it to me」ではなくて、「I have not received it」というふうに自分側の事実を言うのが普通です。(ただし、争っているような場合は別です。)
また、「そんなこと、しないほうがいいのになぁ」と思っても、家族などでない限りは、「You shouldn't do that」よりは、「I wouldn't do that (if I were you)」と言います。他人から「You shouldn't do that」といわれると、「余計なお世話」と思ってしまう人も多いと思います。それよりは、「私だったらしないわね~」という婉曲的な言い方が好まれますし、コミュニケーションをスムーズにします。
私もこれに失敗して痛い目にあったことがあるので、今こんなことが言えるのです。
2005-09-28 00:00:00|
英語全般
|コメント(6)|トラックバック(0)