1962年3月3日(土)
終点ストラスブール駅のプラットフォームに降り立ったのは、朝の8時きっかりだった。
昨夜乗車直後は熱過ぎた暖房が、夜明けが近付くと逆に寒過ぎて、十分に熟睡できていない。
浅い眠りのおかげで、戦場を走りながら、第一次、第二次と二回の大戦をタップリ思い出す。
パリに比べてひときわ厳しい冷気が、ピリッと肌を指す。
殺風景な駅前広場から、古い街並みを通り抜けて、カテドラルに向かう。
灰色の空はうっとうしいが、この街のくすんだ色合いには似合うようだ。
カテドラルは、期待通りに堂々と調和のとれた構えを見せ、オーラを放っていた。
このカテドラルの大きさと対峙するだけで、はるばるストラスブールにやって来た甲斐が十分過ぎるほどある。
このカテドラルの特徴は、赤みを帯びた砂岩でできていることだ。
イル・ド・フランス周辺に多い、白くて柔らかい石灰岩に比べ、黒っぽくてシャープな感じがする。
建材が固いためだと思うが、彫刻のきめが細かい。
一般に「バラ色」と言われているから、天気の良い日には違った印象に違いない。
もう一度、やって来てみたいものだ。
それにしても、川の中州といった軟らかい地盤上に、どうしてこんなに高い(高さ141メートルの)建物が出来たのだろうか。
木製の枠を埋めて基礎にしたと説明してあるが、それで塔が倒れないという証明は出来たのだろうか。
現在の技術ならば、安全性に対する理論的な証明を求められる結果、かなり多額の基礎工事費が必要だったのではないだろうか。
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(片瀬貴文)
2010-02-08 16:15:02|
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2009年12月22日(火)
ホテルの玄関前に立つドアボーイにタクシーを頼むと、行き先を確認した後、「模範ですか、普通ですか」と質問される。
「模範」とは高級タクシーで、値段が高い分日本語や英語が通じ、問題が起こり難くて安心と聞く。
「模範」と答えると、ドアボーイは手を上げて、遠くから黒い空車が走ってくる。
頼んだ通り間違いなく「模範」がやってくるのが、まるで手品のようなので、不思議がって「何故」と訊くと、左手を上げれば「模範」、右手を上げれば「普通」なのだそうだ。
ドアボーイは私の行き先をタクシー運転士に告げ、復唱を待って名刺大のカードに車番、行き先をメモして私にくれる。
運転士とうまく話せなくても、このカードを見せればよく、何かのトラブルがあればホテルに連絡することもできる。
これで私の不安は解消された。
日本で出会ったことがない、進んだサービスに感心する。
1968年のことだった。
カイロのヒルトンホテルから乗ったタクシーが、私が「エクスチェンジ(両替)」と行き先を告げると、灯りのない文字通りの暗黒街の奥に案内してくれた。
私は誘拐されたかも知れないと思い、自分の軽率さに後悔したものだ。
だが今日は、気のきいたドアボーイのおかげで、そのような心配は全くない。
「ミョンドンの入口まで行きます」
運転士はもう一度念を押して、出発した。
ミョンドンの中は混み合っていて、車が入れないという。
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(片瀬貴文)
2010-02-08 11:32:27|
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