1962年3月2日(金)
今日から早速SNCF(フランス国鉄)のスケジュールが始まる。
初日はパリ西郊マントの線路機器工場、ボンヌーイの枕木工場。
雪が、しきりに降ってくる。
少し積もるかも知れない。
夜、久々の週末旅行に出る。
三月の声を聞けば、じっとしていることが出来ない。
日が長くなり、春間近を感じ、何よりもヨーロッパ滞在予定が残り四ヶ月。
東駅0時15分発ストラスブール行きの、夜行列車に乗る。
満員で、廊下まで人が溢れている。
目立つのはアメリカ軍の将校で、夜中ナンシーで降り、私のコンパートメントは一人になった。
沿線は第一次大戦の激戦区で、ヴェルダン要塞の攻防戦は大戦の流れを大きく左右した。
戦死者の数は、70万人と聞く。
第一次大戦で戦死者数がもっと多いのはソンムの戦いで、100万人もの兵士たちが戦死した。
明日はストラスブールからスイスのバーゼルを廻り、また夜行でパリに戻る予定である。
写真は「ソフィーさんのマイページ」(写真6,100枚)、
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スイスの写真が美しい「片瀬貴文さんのマイページ」(写真2,400枚)
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ブログの作成日順に並んでいる「片瀬貴文の記録」
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(片瀬貴文)
2010-02-06 19:52:38|
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2009年12月22日(火)
明洞まで、タクシーに乗ることにする。
空港からホテルまで案内してくれたガイドさんによれば「ソウルのタクシーは安全で便利、しかも安いのでお勧めする」ということだった。
世界のどの街でも、その街と馴染みになろうとするには、先ず自由に動くことが出来るようになることが必要と考える。
パリに到着した夕方、番地入りの地図を手に入れ、メトロにさえ乗ればパリの何処にでも一人で行くことが出来ることを発見した私は、その瞬間にもう立派なパリ住人と感じたものだった。
ソウルでも公共交通のメトロに乗りこなしたかったのだが、ガイドさんの勧めに従って、手始めにタクシーにトライする。
ソウルのタクシーには、「模範タクシー」と「普通タクシー」の二種類がある。
「模範タクシー」は車が黒で、値段が2倍近く高いが英語や日本語が通じ、より信頼度が高くて、トラブルが少ないと、ガイドさんは勧める。
どんなトラブルかを確かめたかったが、しつこくなるのでやめた。
私自身、タクシーのトラブルに出会ったことは少なくない。
ギリシャ、トルコ、中国・・・。
10年以上前だが、北京では運賃メーターを3倍ほど速く回して、過剰な運賃を要求されるものだから指摘したところ、陰から同僚が現われて脇腹を殴られた。
命からがら目の前にあった交番に駆け込んだが、巡査も不徳運転士の仲間のようだった。
北京では、タクシー免許のない「白タク」にも、警戒が必要だ。
上海では故意か過失か判らないが、上海西駅から花園飯店まで遠回りされた。
中国以外の国では、トラブルはあるにせよ小さく、警察まで悪徳サイドだった例はない。
しかし中国を含めどの国でも、親切で客に好意的な運転士も多く、こんなタクシーとの出会いは旅の楽しみである。
また、トラブルに出会っても、貴重な経験と考えている。
トラブルのない旅なんて、だしを忘れたスープの様なものだ。
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(片瀬貴文)
2010-02-06 04:08:04|
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