- iPad VS. キンドル 日本を巻き込む電子書籍戦争の舞台裏

IpadでもKindleでもいい。これからは電子書籍の時代とまことしやかにささやかれているが、個人的には電子書籍で小説などを楽しみたいとは、これっぽっちも思わない。電子ブックの場合、紙の本で得られる楽しみが得られないからである。
まず、あの紙のページをめくる感覚。電子書籍で擬似的にそれを再現しようと、本物の紙をめくる感覚、感触を再現することは不可能である。
そして、あのインクの香り。新しい本のインクと紙の交じり合った香りは、編集の仕事にかかわるようになる前から好きで、本を買うとまずは鼻に近づけてくんくんと匂いを確かめずにはいられない。これに関しても、今のところ、電子書籍で再現はできないし、また、開発者も再現するつもりはないだろう。そんなところに手間ひまをかけるくらいなら、もっと別の部分に力を注ぐだろうから。
個人的には本の手触り、香りは本選びでもっとも大切な要素のひとつ。時と場合によっては「中身」よりもそちらが大切。以前、教師をしていたころ、生徒に「おすすめの参考書は何ですか」とたずねられたとき、「紙の手触りがいいこと、香りがよいこと、そして、四色刷りであること」と真剣に答えたことがある。
その生徒にしてみれば、「どの参考書が一番役に立つか」「効果的か」という観点で質問したのだろうが、私にしてみれば、買った参考書で「気持ちよく勉強が続けられるか」のほうが大切で、中身にそれほど大差があるとは考えていなかったからだ。
生徒に勧めた本の要素として、紙質、匂いともうひとつ、四色刷りであることを挙げたが、最後のこの色に関しては、iPad vs. Kindleに当てはめれば、iPadの勝利ということになるかもしれないが、いいやそんなことはない、液晶画面が紙に勝ることはありえないので、やはりここは旧来の紙の勝利、である。
さて、そのほかなぜ、電子書籍より紙書籍がなぜ勝っているかを考えると、「本を読んでいる自分が好き」というマインドの問題がある。わかりやすく言えば「本を片手にカフェで優雅にたたずむ自分」が好き、なのである。何事も「形」が大切である。何を始めるにしても、道具をそろえてからじゃないとできない、などという見栄っ張り人間の私にとっては、「ほら、優雅に時間を過ごしてるぞ、俺」という「見え方」が大切なのである。
(こんなことを書くと、「ああ、あいつ、そんな風に思いながら、そこに座っているのか」と、次に私を近所のドトールコーヒーで見かけた人は思うかもしれない。でも、それは事実なのだから隠しようがない)
「見え方」が大事なのだから、そこは電子板など片手にカフェにたたずむわけにはいかない。今はまだ、そんなものを片手に読書を楽しんでいる、と判別してくれる人は少ない。私は、判別されたいのである。
そういうわけで今日も、かばんにお気に入りのカバーをかけた本をしのばせ、「判別されるのに適切なスポット」を探しに出かけようと思う。